Dのフリーコミュニケーション

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人間の全てがデータ?アニメ「PSYCHO-PASS」の世界は現実になるのか

2016/02/07

どーも、Dです。

近年、あらゆる分野において便利になってきましたね。

 

ほとんどがITなしには生きられない世の中です。

正直なところ、Dは現代社会に対してあまりよい感情は持っていません。

 

それがなぜか、という超個人的なブログを今回は書いていきますよ!

はいそこ、厨二病発症者とか言わない。それは昔の話です。

 

 

■アニメ「PSYCHO-PASS」の世界

皆さんはアニメのサイコパスをご存知でしょうか。

概念的なサイコパスは、精神病質とか呼ばれていて、別名「社会のプレデター(捕食者)」と言われています。

 

根本的な価値観が正常者とは違っていて、脳にも特徴的な異常があるそうです。

アニメの「PSYCHO-PASS」は、人間の価値観・性質・適性・善悪・能力など、すべてが数値によって表され、評価される世界になっています。

 

それを管理しているのか「シビュラシステム」と呼ばれる、世界規模のスパコンみたいなシステムです。

 

で、人にはそれぞれ犯罪係数という指標があって、その数値が一定以上高い人物は「サイコパス」として判断され、逮捕あるいは抹殺されるというもの。

 

この作品の世界観は本当によく考えられていると思います。

 

1期と2期では脚本が別人なので、ストーリー構成は随分変わっていますが、世界観は同じです。

 

すべてが数値で判断され、工学や化学も現実より未来の話なので、かなり進歩しています。

多分、現代人の多くがあちらの世界の方がいいと考えるんじゃないですかね。

 

なんせ「他人が必要ない世界」なので。

 

■あなたにとって「他人」は必要ですか?

現代はまだ、かろうじて他人との交流が重要だと考える人も残っています。

ですが、世の中でコミュニケーション能力の低下が問題視されはじめて久しくない。

 

Dはその原因がすべて「ネット」と「システムの発展」にあると考えているのです。

元来人は何をするにしても、対面で言葉・身振り手振り・視線・動作・接触などを組み合わせてコミュニケーションを図ってきました。

 

なぜしているかといえば、生きるために必要だからです。

 

原始時代は狩りや生活のために集団生活が必要だったでしょうし、ネットが発達する前は組織に属して働くのにコミュニケーションが必要不可欠でした。

 

そもそも幼児期から大人になるまで、ネットがない時代は対面でのコミュニケーションが当たり前だったのです。

 

だから特別優秀な人を除き、誰しもが最低限のコミュニケーション能力を持ち、何かしらの方法で自分を表現することができました。

 

しかし、現代は小学生からでもスマホやパソコンを与えられ、チャットやSNSでの交流が基本となっています。

 

分からないことがあればネットに聞けばなんでも解るし、文章だけで意思の伝達も可能です。

日常生活においても、あらゆる場面で言葉を交わす必要がないようになっています。

 

ほとんどがタッチパネルやボタン1つで行えてしまうでしょう。

そこに加えて教育場面における子供の甘やかし。叱れない状況。子供の立場が親や大人よりも上になってしまっています。そろそろそんな子供たちも親になる時代です。

 

 

ここでどのような問題が生じてくるか。

 

まずは単純にコミュニケーションの必要性自体がなくなってきています。

機械やシステム、プログラムが代行してしまいますから。

 

 

さらにはネットでほぼすべての疑問が解決するので、明らかに思考力も衰えていく。

そして大人の立場が子供より弱くなり、そんな子供が親になっても正しい倫理観を子供に教えられない。

 

「子供に嫌われてでも社会人として立派に育てるために叱ろう」

とする親は今や絶滅危惧種でしょう。

 

ほとんどで「子供の自主性を尊重して否定をしないように」といった育て方が主流になっています。

 

その結果として最近「好きなことだけして生きる」とかいう言葉も生まれましたね。

世の中ではもはや他人が必要なく、自分一人でほとんど完結してしまうんです。

 

しかも、善悪の倫理観も何も教えられてないから、自分で物事の判断ができない人も多い。

最近の某動画配信者の「自分の動画を見て不快になる人がいても、自分の好きなことだけしていく!」という発言も、そうした倫理観や価値観のズレからはじまっています。

 

あるいはデータに頼ったマーケティングであり、生物的なコミュニケーションではありません。

 

アフィリエイトとかネットビジネスとか、WEBでしかやりとりをしないライターとかでも。

チャットや電話で話すことはあるかもしれませんが、基本的に人と会わず生活できます。

 

企業ではコミュニケーション能力の高い人材を求む、というのがここ10年ほど続いているそうですが、恐らく未来永劫変わらないでしょう。

 

無人でも利益が上げられるような世界になるまでは。

 

だって、世界の進化の方向性がそもそも「他人を必要とせず、全部機械で代行できるようにしましょう」なんですから。

 

機械を生み出す技術や文明が進めば進むほど、人は必要なくなるんです。

だから最近は「システムの発展で職を失う人が大量に出るかも?」なんてことが危惧されています。

 

そりゃあそうでしょう。

 

 

だって人が生活するための行動を機械化していこうってしてるんだから。システムを開発する人間以外、基本やることなどないでしょう。

 

これらの結果、Dはシステムが発展すればするほどに、人本来の能力はどんどん退化していくと思います。

 

人の足の代わりに車や電車が生まれて、運動不足な人が爆発的に増えたように。

ネットやコンピュータは人の脳の代行をしてしまいます。

もしかすると、最終的にはPSYCHO-PASSの世界ように、すべてがシステムで判断されるような世界が来るのかもしれません。

 

Dは他人とのコミュニケーションで、思考力を必要としないそんな世界がつまらないのです。

 

もっといろいろな価値観があってこそ、人間は面白く素晴らしい生き物だと考えています。

皆さんにはネットやコンピュータをなしにした、自分の軸は何かあるでしょうか?

 

自由?お金?家族?恋人?自分?

どれでもいいと思いますが、そこにはどれだけご自身の「信念」や「意志」が含まれていますか?

 

個人的には「好きなことだけして生きる」というのは、欲望のままに生きると勘違いしている人が多く、それは下手をすると規律を持って生きている野生動物以下じゃないの?とか思ってしまうのです。

 

自分の好きなことをして生きるというのは、自分なりの信念と、すべての責任を自身で持つことのできる覚悟がある人だけができる生き方ではないでしょうか。

 

そのためには絶対的な自分の善悪を確立して、自立していなくてはなりません。

覚悟も信念もない人が、安易に言葉にできるものではないと思ってしまうんですよね。

 

苦労や苦痛は喜びや快楽を認識するためには、絶対的に必要な要素なのです。

不味い食材を食べたことがない人間が、おいしい食材を「おいしい」と認識することはありません。

 

大多数の感覚には対となるものが存在しています。

 

そのバランスは人がよりよく変わるために必要なものであり、「楽」だけが発展しすぎている世の中はいずれ、コミュニケーションや他者との関わりという点において、極端に希薄になっていくことでしょう。

 

Dとしては、どうせ生きるなら1分後に死んでも後悔しない自分を生きたい。

 

 

■まとめ

ちょっと個人的な価値観というか、世の中への疑問的な内容になりましたね。

賛否両論、いろいろな考え方があると思います。

 

Dは自身で考えた結果、このような結論にたどり着きました。

恐らくは現代では反対意見が多くなるであろう考え方だと思いますが、それでも我が道を行くのがDなのです!

 

因みにDは PSYCHO-PASSの世界にいたら執行対象になると思います。

槙島さんとは仲良くなれそうな気がするよ!

 

霜月氏や常守氏辺りはイライラしそうでNGだけど。

 

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